蜂須賀敬明のしゅみラークル

趣味にまつわるあれこれを、おつたえします。

グランド・セフト・オート4の話

前作であるグランド・セフト・オート サンアンドレアスは、

ちょうど大学受験と重なってしまってプレイできず、

4は久々のGTA新作となったわけですが、

洋ゲーのスケールの大きさを如実に感じる作品となりました。

 

主人公のニコは、ヨーロッパからの移民であり、

先にアメリカに渡ったいとこが成功を収めたと聞きつけて、

自分もアメリカンドリームをつかむべく、

ニューヨークにとてもよく似た街、リバティーシティへやってくるところから、

物語は始まっていきます。

 

GTAシリーズは暴力的な面ばかり注目されがちですが、

4の世界観は、現代のアメリカが抱える移民問題や貧困、

ギャング間の抗争、退役軍人のメンタルケア、アルコール・ドラッグ依存症など

ゲームというコミカルな舞台を通すことによって、

アメリカ社会にどのような問題が生み出されているかを疑似体験できる、

非常に社会性の強い作品へ変貌を遂げていました。

 

4は舞台が秋頃ということもあって、

東海岸のリバティーシティはとても寒く、

ニコの物語は終始、貧困の移民の苦労がにじみ出たものになっているので、

とても明るいとは言えず、

これまでのバイスシティやサンアンドレアスの暖かい地域、および西海岸風の

リゾート感を得られるものとは異なって、非常にハードな雰囲気を持っています。

それゆえに、楽天的なGTAが好きだ、というファンからは、

4はいささか暗すぎて、爽快感に欠けるという意見も耳にするのですが、

僕としてはアメリカの社会問題を、

ゲームといった形に変え、それをエンターテインメントに落とし込めてしまう、

向こうの製作思想、エンターテインメント技術の高さに脱帽するばかりでした。

 

アメリカという社会は多民族、多文化の複合国家であり、

それぞれのコミュニティが抱えている問題というものを、

どんどん主張し、声をあげ、社会的に共有し、指示を受けて、

アメリカ市民の一員になっていく、という合衆国的なプロセスが、

日常レベルで馴染んでいるわけですね。

 

なので、エンターテインメントの壇上で、

社会問題やヘビィな問題を組み込んでもいきなり門前払いはされませんし、

あるいはそういった意識を自然に根付かせるための、

思いやりのようなものが、アメリカという社会にはある種の風習として

根付いている部分があると思います。

 

4は確かにゲームとしてはちょっともっさりしていて、

爽快感や笑える要素は減ってしまっている部分もあるのですが、

楽しさや笑いだけでなく、世の中への向き合い方や、

社会問題といった現実では目を背けてしまいそうな事柄を、

さりげなく含ませる上等な演出は、

日本という環境にいてはなかなか磨かれない技術なのではないかと感じています。

 

国が違えば文化も違うし風習や意識の持ち方まで、何もかもが変わってきます。

様々な国の文化に触れることは相対的に、自分が今いる場所を知ることにもつながります。

ゲームをはじめ、色々な海外の文化に触れることは、

モノづくりをする上で基本的なあるべき姿勢と言えるでしょう。