蜂須賀敬明のしゅみラークル

趣味にまつわるあれこれを、毎日おつたえします。

ファイナルファンタジー10の話

PS2ではじめてのFFとあり、10にかかる期待は相当なものでした。

そして、10がもたらしたゲームでのドラマ性というものは、

今まで以上のスケール感であり、プレイヤーを圧倒しました。

 

10の注目点は、FFではじめて声優を起用したところや、

フィールドマップの廃止、CGの飛躍的進歩、ターン制の廃止、

レベル制廃止とスフィア板の導入など、

PS時代のFFと比べてシステム的にも大きな変更がありましたが、

個人的にはコンポーザーに植松伸夫さんのほかに、

仲野順也さんと浜渦正志さんのお二方も参加されているところが、

大きな点と思っています。

 

FF10の世界観は、南国調でありながら、

ところどころに古代文明が残されていたり、独特の宗教が存在したり、

全体的にエキゾチックな雰囲気が漂っているのですが、

遺跡のアンビエントな曲調や、島の透明感を感じさせる曲など、

多人数でしかなしえない多様性のハーモニーが絶妙であり、

要所を植松節でびしっと決める、というのが素晴らしい。

(個人的に10で好きな曲は「召喚」「ビサイド島」「襲撃」です)

 

FF10で何よりも感じるのは、

とことん骨太な作品だ、というところでしょう。

シンを倒す、という物語を最後まで書き切るという強い意志を感じ、

キャラクターデザインや、美術、音楽、システムなど、

あらゆる面でそれを表現するんだ、という執念のようなものが詰まっています。

 

エンディングを迎えた時に感動するのは、

物語そのものにぐっとくるということもありますが、

それとは別に、これだけ大がかりな物語を作りきった、

スタッフたちの達成感が垣間見えるからこそ、

余計にプレイしてよかったと思えるのでしょう。

 

FF10には苦い思い出があり、

当時僕は自分用のテレビを持っていなかったので、

リビングのテレビでこそこそやっていたのですが、

ラスボスを倒したのがちょうど夕方の六時半くらいだったんですね。

 

それから長いエンディングが始まるわけで、

しかも、あの内容ですから、当然ぐっと来ているわけです。

さらに、僕は多感な中学二年生のまっただ中であり、

ゲームで涙するなんてあってはならないと、

なぜかかたくなに感情に蓋をしており、

ティーダとユウナの物語の最後を、必死でこらえながら見守っていたわけです。

 

そこで、キッチンの方から聞こえる、

「ご飯できたわよ」という、あまりにも現実的な母親の声。

父親はそそくさと席について食事を始め、

冷めるからさっさと席に着けと言ってくるわけですね。

 

なまじ感動してしまっているので、

「今、大事なところなんだよ!」と、

怒るわけにもいかず、かといって飯を食うわけにもいかず、

ゲーム史に残る感動的なエンディングを、

こんなグズグズの形で迎えてしまったのは、

なんとも口惜しいことです。

 

FF10は、結構長い話なのですが、何度もやり直しています。

2度目のほうが、より感動できるので、

むしろはじめてのエンディングはこれでよかったのかな、

と自分に言い聞かせるようにしています。