蜂須賀敬明のしゅみラークル

趣味にまつわるあれこれを、おつたえします。

ドラゴンクエスト3の話

僕がはじめてドラクエ3を見たのは、

父がファミコンでプレイしている時でした。

父が勇者、僕が戦士、母が僧侶で、当時飼っていた猫が魔法使いになり、

魔王を倒す旅に出ていました。

 

後から母に聞いたところによると、

当時の父は休日になると一心不乱に攻略をしていたそうなのですが、

ドラクエ3の発売は1988年。

その時の僕はまだ生後4ヶ月なので、なんの記憶もありません。

ただ、父が熱中したという作品を、

のちにSFCでリメイクされるとなって、

単純に3がプレイできる、というだけではない、

別種の興奮があったのも覚えています。

 

今でこそ、RPGには設定が盛り盛りの主人公が、

複雑な過去を背負った敵と対峙しながら、

世界の真実を明らかにしていく、的な構造の作品が多いわけですが、

ドラクエ3の驚異的な点として、味方に一切のセリフがないところでしょう。

物語には視点人物のセリフが不可欠ではないのか、

と思ってしまいますが、それであれだけの感動を生み出せるのですから、

圧巻としか言いようがありません。

 

ドラクエシリーズの中でも、3はかなり特別な作品で、

ドラクエ4コマ漫画劇場でも、ネタが多かった印象があります。

それはおそらく、ある程度キャラの設定が決まっている他シリーズに比べ、

3の場合はいかようにもキャラをアレンジすることが可能であり、

それぞれが独自の物語を形成できる、というところにこそ、

ドラクエ3のあの爆発的ヒットの要因があったのだろうと、

僕は考えています。

 

どんなパーティで旅に出たか、という点だけでも、

千差万別であり、自分で選んだパーティで旅を進めるという、

オリジナリティ体験のようなものが、

自分だけの物語性を強めるのだと思います。

 

僕がはじめてプレイしたSFCの3は、

6の後に出たということもあり、グラフィックが抜群に綺麗であり、

盗賊が増えたこともあって、周りの友達もみんなプレイしていました。

お前3人で出かけたの? とか、遊び人いれたんかい、とか、

各々のプレイスタイルを話し合うだけで時間が延々と過ぎていくのですから、

このドラクエ体験ができることは、本当に幸せなことなのだと思います。

 

自分なりに楽しめるものを提供するというのは、

とても難しいことです。

このエッセンスを、何かしらで学び取りたいものだと、

常々考えています。