蜂須賀敬明のしゅみラークル

趣味にまつわるあれこれを、おつたえします。

影牢 〜刻命館 真章〜の話

皆さんも一度は、とんでもなく頭が切れる人に、

出会ったことがあるのではないでしょうか。

僕がはじめてその経験をしたのは、小学生の時の塾にいた、

影牢にどハマりしている変わった男の子でした。

 

彼の髪はいつもボサボサで、八重歯を出しながらげらげらと笑い、

授業中も馬鹿話ばかりするのに、成績はずば抜けてよく、

必要な時に見せる集中力は、並大抵ではありませんでした。

 

僕は、彼のいるクラスに行ったり来たりしていたので、

(当時は成績順でクラスが分かれていました)

ずっと同じ時間を過ごしたわけではないのですが、帰り道が同じだったので、

よくいろんな話をしました。

 

影牢は、館にやってきた人間を罠で殺すという、

かなりダークなゲームなのですが、その実、タライを落としてや油で滑らせて、

ありとあらゆるドッキリをしかけていく、ドリフのようなゲームでした。

 

彼はそのゲームを僕に教え、地図のどの位置に罠を仕掛けて、

どのタイミングでボタンを押し、相手がどれくらい経ったら、

どの方向に動き出すか、ということが明確に頭の中に入っており、

彼の頭の中で秩序だったプログラムの話を聞いているだけで、

なんて面白そうなゲームなんだろうと、思ったものです。

 

実際にやってみると、タイミングや、行動を予測するのが難しく、

小学生で、これをテンポよくやってのけるなんて、

どういう脳みそをしているんだろうと、不思議に思いました。

 

彼の面白いところは、ゲームをただクリアするだけでなく、

限られた制限の中で、いかに合理的にプレイできるか、

という面にも楽しみを見出していたところでしょう。

今で言うところの縛りプレイ、というもので、(SMではありません)

影牢の場合だったら、強いトラップは使わずに、

弱い罠とアイデアだけでクリアを目指すというものです。

 

幼い頃の僕は、とにかくパラメータが高ければ高いほど楽しい、

とだけ思い込んでいたので、なぜ進んで不利な状況でゲームを楽しむのか、

理解ができませんでした。

 

けれど、大人になってみると、自分だけで見出した遊びというのは、

とても価値を持っているものだと感じています。

面白さを見出す癖、というのは何かを行うにおいて、

とても重要なことですからね。

 

残念ながら、その男の子とは疎遠になってしまったのですが、

ああいう気質の人は、どこかでまた面白いものを見つけているんじゃないか、

とつい夢見てしまいます。