蜂須賀敬明のしゅみラークル

趣味にまつわるあれこれを、おつたえします。

となりのトトロの話

僕は映画や小説を見て、涙を流すということがまずありません。

職業柄なのでしょうか、どうしても物語だけに集中せず、

構造とか、キャラクター分析をして、よそ見をしてしまうくせがあります。

 

ですが、唯一の例外があり、

子供の頃から何度見てもほろりときてしまう作品が、となりのトトロです。

 

この話を他の人にすると、

泣くような場面なんてあったっけ? と呆れられるのですが、

メイとサツキの衣装が変わる後半に入ってから、

どうにも我慢ができなくなってしまいます。

 

入院していたお母さんの体調が悪化した、という一報を受け、

今まで家族の母親役を担っていたサツキは、

本来の年頃らしい、お母さんに会いたいという気持ちや、

お母さんが死んでしまったらどうしよう、という恐怖に襲われて、

緊張の糸が切れてしまいます。

 

そんなサツキを見ていたメイは、お姉ちゃんを助けんばかりに、

どこか意気込んだ表情で、もいだトウモロコシを七国山病院まで、

届けにいくわけですが、もう想像しただけで今もぐっときています。

 

地理に疎く、幼いメイが入院先を目指してもすぐ迷子になってしまい、

村中でメイの捜索が行われるわけですが、

現代よりもずっと子供が不慮の事故に遭いやすいような時代なので、

村の人たちが探す様子や、サツキが靴を脱ぎ捨てて走り回る姿には、

宮崎映画の中で最も強烈な緊張感に包まれ、

子供の頃の僕は、メイにまで何かあったらどうしようと、

本気で怖くなったものです。

 

迷子のメイを探すべく、サツキはトトロに会いにいくわけですが、

サツキの妹を見つけたい、という必死な叫びはとても痛切で、

その後のトトロやネコバスの、大丈夫だよ、と言わんばかりの優しい表情に、

ほっとして、またしてもほろりときてしまうわけです。

 

トトロはナウシカやラピュタのように、

壮大なスペクタクルがある映画ではありませんが、

大切な人がいなくなるかもしれない、という恐怖が、

とても身近に感じられるからこそ、心を揺さぶり、

カタルシスがあるのだと思います。

僕は宮崎映画が大好きですが、

最も大切な作品はトトロをおいて他にありません。

 

家族と、時間を設けて、

ちゃんと観たいと思う素敵な映画に出会えて、

僕はとても幸せに感じています。